老い木は曲がらぬ を肌で実感

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歳を食うと人はだんだんと頑固になっていく。

間違いを指摘しても改めようとはしない。


こういったものの理由は、
・自分の考えを改めるのが面倒
・そもそも間違っていると思っていない
・何が間違っているかわかっていない
・わかるつもりがない
などといったものが考えられる。


しかし突き詰めていくと歳寄りには以下のような考えが根本にあることがわかる。


■考えを改めようとしない歳寄りの根本にあるもの
長年培ってきた知識は自分なりに考え抜き、昇華させたものであって、
一部分でも修正しようとすると今度は他とのつじつまが合わなくなってきてしまう。

また間違っていたかどうかの検証作業自体にも相当の体力と根気を要し、
その上全体的な整合性を保とうとすると下手をすると考えの根本から覆ることとなってしまう。

これでは「今までの人生はなんだったのか」ということになりかねず、
自分の人生そのものを否定することとなる。

このため人は自然と間違いを認めようとはしなくなる。



と、ここまでが前提。



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普段は他人に対して別段どうこういうつもりはないのだけど、
こと仕事に関しては話が別だ。


こちらに迷惑がかかるようならば相手には当然改めてもらわねばならない。


そのため言いたくもない注意をすることがあるのだけど、
ぬかに釘、のれんに腕押しというタイプがたまにいる。


無気力に、
「はぁ」
「ほぉ」
「あぁそうですか」
とくる。


こういった受け答えはイラっとさせてくれるが それはまあともかく。

やっぱり同じようなことをまたやる。平気で。




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「歳寄りは扱いにくい」
「だから企業は雇いたがらない」


今まで生きてきて何度かこういったこと耳にしてきたことはあったが
ここ最近まさにこれを痛感しているところ。


ぶっちゃけ「できる人」ならこんな話にはならない。


放っておいても自分で考えてうまい具合に回して勝手にやってくれるから。
こういう人に対しては「扱う」という表現がおこがましいと思うくらいだ。


問題は「できない歳寄り」だ。

頭ばっかでかい上に使えない。
ほんっっとーーーーに使えない。


もちろん怒って従わせることはできるのだけど、
それじゃあ根本的な解決にはならない。

まあ根本を解決してやる必要もないっちゃないか…。



とりあえず、
こちらに迷惑がかからない程度には矯正しなくちゃならんな
と思う今日この頃。


「なんでそうなるか」までを細かく説明する気にもならん。
理解してもらおうとも思っていない。
そいつが自分の中で消化できなくってもしらん。
俺の目の前でだけでも演じさせればいい。
その結果、こいつが病もうがどうなろうが知ったことではない。



大体、俺より年上なのに尊敬できるところが一つもない。
どんなクズでも一つ二つは尊敬できるところがあるんだけどなあ。

ほんと珍しい。





おっと最後はたんに愚痴になってしまった。







老い木は曲がらぬ とはほんとよくいったものだ。






-- 2015/03/06 19:33 追記
はい、半分以上自分にも当てはまります…



-- 2015/03/09 11:23 追記
このくそったれな歳寄りの属性に、
・指示されたことをやらない
・謝らない
も追加します。

もはやスキル以前の話になってきた。