スマートフォンと切れない電球

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切れない電球という例え話がある。


■切れない電球
切れない電球を売ってしまうと電球が壊れないため次の電球を買ってもらえない。
ゆえに発明されても販売することはできない。


資本主義の限界点とでもいうべきだろうか。
100%完成したものというものは長期的にみるとビジネスとして成り立たないわけだ。

でもきっと商魂たくましい人たちは、
切れない電球が完成して世に出回ってしまったら、
その次は電球に付加価値をつけて売りに出すだろう。

電球の種類を増やしたりだとか、
グラデーションを付けたりだとか、
音が鳴らせたりだとか、
あとは…ブランドとして差別化を図ったりだとか?


でも付加価値を付ければつけるほど電球の値段も上がるし、
比例して壊れた時の損害ってのが大きくなる。


なんてことをぐだぐた考えてたら、
なんかこれって今のスマホと同じ状態だなあと思った。

スマホもある種の完成系に入っていて売れないので付加価値を付けまくっている状態。

じゃあ次はどうなるんだろうと考えたら、
まったく別の方向からのアプローチになるんだろうなーということは想像できる。

例えば電球の例でいくと、
天井から電球をぶら下げるのではなく天井自体を光らせるとか、そういった感じ。

最終的には空間自体から明るいとか暗いとかいう概念そのものを無くすのだろうか。
書いてて意味がわからんが。



ものを高性能にしたり、次世代へと押し上げるのも
やっぱり商売なのかなあと思ったりした今日この頃。



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おまけ。

全てのものが加速度的に進化している今の状況ってのは決していいものではないんだろう。
たぶん必要であれば進化をするし、
進化しないものは事足りているということでもある。
必要のないものは消えていくだろうし。

ああ、資本主義が~共産主義が~とかそういうことを言いたいわけではないのであしからず。